夜の海

先日、数年ぶりに、それはそれはもうとんでもない失恋をした。
緊急事態宣言前日のサイゼリヤで、旗揚げゲームよろしく赤白赤白と交互にグラスを呷って、お互いめちゃくちゃに酔っていたとき。いきなり「恋人ができた」と告げられた。一年近く片思いをしていた相手、奇しくも「ええ感じやったら告白しよ……!」と、ミントグリーンのワンピースをおろした日だった。足下の床が、がんらがらと音を立てて崩落するのを感じながら、そうなんですねー、と上ずった声で返す、それが限界だった。

サイゼリヤを出て、大きな川沿いの大きな道を歩いているとき、相手に薦められたのがこの賞だった。「書いてみたら」と。はあ、と返すのが精一杯で、いや、どうだったかな。もうあまり覚えていない。昔こういう類の賞でお肉の券をもらったよ、と言われ、なにその券、と声に出さずつっこんだ記憶はある。お肉の券?(いま調べたら実際にあった)

これほどまでの失恋をしたのは本当に久しぶりだった。
飴とうすめたポカリしか口に入らなくなったり、aikoを聴いて「私ってaikoだったのかな?」という無礼極まりない共感をしたりする。恋愛記録機能のないあすけんにカロリー不足を非情に指摘され、「うるせえ泣きたいのはこっちだ」と怒りながら、どこか「弱りすぎてウケんね」と俯瞰視している自分もいる。

「えー!失恋かーい! 対戦ありがとうございました」
そうtwitterでつぶやいたら、なんだか面白くなってしまった。まさかtwitterにこんなことを書く日が来るとはね。

私にとっての恋愛は、ずっと誰かに話せるようなことではなかった。特にやましいことがあったわけではないけれど、何となく言い出せなくて。
誰にもバレないようにしなきゃ、の一心で、誰にも言わず、ひっそり激烈に燃え上がり、ひっそり失恋して体調を崩す。その繰り返し。友達とも親ともそういう話をしたことはなかった。
そうした時に、自分の気持ちを吐き出していたのがインターネットだった。昔流行っていた、メールで投稿できる日記サービス。どこにもリンクを貼らず、ただひたすら自分の気持ちを書き連ねる。好きな人にこういうことを言われた。言われなかった。言われたかった。そもそも私はどうなりたいんだろう。など。
成就する可能性の低い恋愛ばかりをしてきた(今回もでしたねえ!)し、アドバイスや、ひいては相槌すらも欲していなかったように思う。ただ、日々心の奥底で渦巻く、釈然としない感情を、自分の中ではないどこかに流しておきたかった。

昔、修学旅行で泊まった民宿が、大浴場から海が見える!という触れ込みの宿だった。内陸県に住む我々は嬉々として大浴場に向かったけれど、時間は夜、大きなガラス張りの向こうに広がるのはただ一面の闇だった。どの方角に何があるか一切分からない、ただただ真っ暗。何も見えないことでしか、海の存在を認識できない光景。そういう途方のなさを、インターネットには感じている。
夜の海(と思しき暗闇)にずっとボトルメールを流し続ける。私にとってのインターネットは、そういう場所だった。そういう場所です。今も。

お盆休みを最高のものにしたい。だって私の好きな人は恋人とよろしくやっているのだ。そう思って、気持ちの整理をするために夜の海に飛び込んだら、この賞の告知と鉢合わせた。ぬぼぬぼと揺れる大きな川を思い出す。お肉券……ではないけれど。

おい、書いたぞ! 私は叫んで、aikoを大声で歌って、うすめたポカリをじゃぶじゃぶ飲む。そうして世界では強気なふりをして、これからも夜の海にむかって、本音を流しつづけてゆくのだろう。あーあ!

 

はてなインターネット文学賞「わたしとインターネット」