脱出ゲームと球技大会

推理小説が好きでよく読む。
推理小説を読む人の中にはだいたい二種類の人(って言い方あんまり好きじゃないな)がいると思う。「読みながら探偵役と一緒に犯人が誰が考える人」と「物語として結末の行く末を傍観する人」。私は後者で、だからこそこういう気取った書き方をしたけど、要は「推理しない人」です。もっと言うと「推理できない人」です。
ただ、“不得手≠嫌い”なので、推理できる人いいな〜と思うし、できないけどやってみたいな〜とは思っていた。バラまかれた謎を拾って集めて組み立てて、一つの解を完成させる人、めちゃめちゃ格好いい。名探偵になりたい!!!
そういう私のバカな夢を叶える機会が一度あった。

リアル脱出ゲームというアトラクションがある。
その名の通り脱出ゲームを実際に体験するというやつで、だいたいが5,6人で1グループになる。半端な数で行くと知らない人が入ってきてめちゃめちゃ気まずいというので、数合わせに誘われた(私はその「知らない人」の気持ちになって心臓がギュウとなった。恐ろしいアトラクションだ)。

推理! 謎解き! 密室! 楽しみ! という気持ちでほいほほいと行ったのですが、あれ、めちゃめちゃに難しいですね。
謎解きに参加できなくても、話が分かればいいやと思っていたら、何も分からなかった。一緒に行った人でハッチャメチャに頭の回転が早い人間が何人かいて、私が大学で買ったパソコンについてくるショボいUSBだとしたら、その人たちはヨドバシカメラとかに売ってる米軍の兵器みたいな見た目のクソバカに高い外付けハードディスク、くらい処理能力が違った。その人たちが全部解いてくれました。多分。多分というのは、回転が早すぎて追いつけなかったのでよくわからなかったのです。
帰りのバスで猛省した。脱出できなかったのはちびっこいUSBが足を引っ張っていたからですね。あ、あ〜。無理だ、向いてね〜。難し〜。情報を咀嚼する時間、皆無。目の前で「わかる人」だけが正確な動きをしていて、私だけわからなくて、それを見ている。マジの数合わせじゃん。地獄?
久しぶりの感覚だと思った。久しぶりの感覚ということは、以前も体験したことのある感覚だという気づきもあった。いつ? どこで?

ぐるぐる巡る思考の中でぼんやり見えたのは、体育館。中学校の体操服。バレーボールのネット。高い。ルールもよく知らないし、見よう見まねでボールを返したら全然うまくいかなくてバレー部の女の子に怒られたこと。
あ、これ、
球技大会と一緒か。

ルールが分からないスポーツに、全員参加という縛りのせいで参加しなければならない罪悪感。うまくできる人、ルールがわかる人に取り残される寂しさと、わけもわからず怒られることへの戸惑い。
「謎が解けなくてごめんなさい」と「ボールが返せなくてごめんなさい」は似てるのかもなあ。

高校生になってからも球技大会はあったけれど、運動部が幅を利かせている高校ではなかったのでゆるやかでおだやかなイベントだった。運動が楽しく思えたのは高校からだった。運動ができない人が少なくなかったので、責める/責められていると感じる空気がなかったところが好きだった。
なので、もしかしたら、謎解きができない人たちだけで脱出ゲームに行くと、また違った楽しみ方ができるのかもしれないですね。そりゃあ脱出したいけど、脱出するよりも謎解きに頭つかいたいし。「推理したい人」ですから。
球技大会を楽しめなかった人たちで行くのはどうか。球技大会を楽しめなかった人は、みんながわかるものをわかれず苦労した人たちですよ。きっと脱出ゲームでは、全員がわかる方法を気にしてくれるはずです。脱出できなくてもいいじゃん。爆弾が爆発しても、船が水没してもいいじゃん。球技大会を楽しめなかった人同士、静かに死んじゃお。ドッジボールでいきなり標的にされた時の恐怖より、死ぬ恐怖のほうが、マシかもしれないし……。

 

 

こういうガバガバな理論ばかり展開しているので、いつまでたっても推理はできないし犯人は当たらず好きな登場人物に限って殺される。誰もお前を愛さない。

三年半、三つめの場所

17時9分の電車に乗っていた。
そのためには10分前に家を出ないといけなくて、そのためには15分前には家を出る準備をした。ガスの元栓、家電のコンセント、換気扇、家の鍵の確認。それらをスムーズに終えるには、30分前には身支度を終えなければならなかった。
17時30分に到着して、17時40分には「お早うございます」と上長に頭を下げる。その日のノートにざっと目を通して、制服に腕を通す。タイムカードを切って、店頭に出る。いらっしゃいませ。いらっしゃいませ。いらっしゃいませ。流し目で商品を見る。あれの場所が変わったな。あれが入ってきたという新しいやつか。いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。見ず知らずの人、人、人々、の間をすり抜けて、私はレジへと向かう。おはようございます。引き継ぎありますか。はい。分かりました。お疲れ様です。いらっしゃいませ。お待ちのお客様こちらへどうぞ。

これを三年半やっていた。
一回生の秋、私は本屋でアルバイトを始めた。
そしてつい五日程前、卒業式の前々日に退職した。アルバイトごときが「退職」て。でも、「辞めた」と言うほどあっさり言い切れず、わざとらしく重たい方の言葉を選んでしまわずにはいられない。

小学生の頃から本屋で働くのが夢だった。
「本屋で働くことがずっと夢でした。せいいっぱいがんばります」
初めの挨拶でそう言ってたよねえ、と先輩に遠い目をしながら言われたけど本人は全く覚えていない。
バイトをするなら本屋か無印良品だった。無印良品は勤務時間の都合が合わず泣く泣く諦め、地元のケーキ屋に電話をしたら「折り返し電話します」から連絡がなくなり、やけくそで応募したのがバイト先だった(地元のケーキ屋は去年とつぜん潰れた)。
テストがあったり、新卒採用ばりの細かな履歴書を記入させられ、面接では好きな本を聞かれ、「森見登美彦です」と一番あたりさわりのないことを言ったりした。採用の電話は京都駅のコインロッカーの裏で受けた。10月16日が初出勤の日だった。

「仕事ができない人間=人権がない」と思っていた(る、かも)ので必死になって仕事を覚えた。実は大学の授業中にバイト用のマニュアルを自力でこさえていたりした。店長や社員の人は全員目がめちゃめちゃ怖くて、言葉も刀のように尖っているし、仕事はできるし(正社員なので当然です)、この人たちを敵に回したら働いていけへんぞ、の一心で慣れない大声を出し、新聞の読書欄を読み込み、頼まれたポップもめちゃめちゃ頑張って描いていた。
この怒られるのが怖くて仕事を頑張る姿勢って、白い表紙にめちゃめちゃ力強いゴシック体或いはサンセリフ体でタイトルが書いてある系のビジネス本ではめちゃめちゃダメだと言われてそうだけど、私にはもうこうすることしかできない。社会人になったらもう少し自分のために働きたいと思っているけど。

デザインやイラストの仕事もいくつかさせてもらった。
デザインはさておき私はオタク感バリバリの絵しか描けないのでものすごく申し訳なかったのだけれど、喜んでもらえたようでうれしかった。サイネージ用の広告なんてものも作ったけど、これは大学では使わないメディアでの制作だったので、普段自分が意識していることを新しいメディアでどう活かせるかを考えるいい機会になった。何よりバイト先の人が私のやっていることを解ってくれていることが嬉しかった。

私は中学生の頃から、なんとなく「家」「学校」以外にもうひとつ居場所を持っていることが必要だなと感じていて、それは学校が違う友達だったり、高校だと画塾だったりしたのだけれど、大学ではバイト先がそんな第三の場所になってくれたなと思っている。本当に楽しかったな〜。なんだこれ。自分よがりな感想で、ブログの意味をなさないな。

身バレしない程度にあったことを書くか……。
騎士団長殺しを発売前に見れちゃった、広辞苑の第七版が出た、「夫のちんぽが入らない」を言わせようとするおじさんからの電話、お客さん同士の喧嘩で警察が来る、おまわりさん「こんな近くで見たことないやろ」とニッコリ、お客さんに怒られたので申し訳ない顔で接客してたら「あなたどうしてそんなに無表情なの?」と追い叱責、棚卸しのお祭り感、めちゃめちゃ好きな作家さんが店に来るも会えず、あ〜るの完全版が出たのに誰とも嬉しさをわかりあえない、香川からバイト先まで直行したら死んだ、福井からバイト先まで直行したら死んだ、東京での面接のあとにバイト入ったら死んだ

以上です。
本屋、働けば働くほど業界のヘンテコさや世の中の動きとの接点の多さに驚かされ、なかなかに奥の深い仕事だった。自分の身に何かが起きてデザインなんてもうやらん、クソ、と思ったらまた戻ってきたいなと思う業界だった。当分はデザインの世界で……。

みんな、本屋に行く時は少なくともタイトルは一字一句間違えずに覚えて行ってくださいね。
でないと店員と客の推理ゲームが始まってしまうので。

すくわれた季節

卒業制作展が終わりました。
かなり前ですが(一ヶ月ぐらい)、終わったあとのとてつもない開放感に身を委ねていたらこんな時期になってしまった。
解放、じゃない。開放。別に縛られたなんて思ってな〜いよ。

この一年はずっと、姿の見えない何かに自分が試されているような気がして、何をしていてもえも言われぬ切迫感に襲われていたように思う。
方言というイカニモな題材と、書体という特殊な媒体を作る道を選び、周りの作品に共通項がまったく見出せず、とにかく手を動かすしかなく、前進か後退かは分からないが、手を動かしているということは、前か後ろかどちらかには少なくとも移動はしているから、というむにゃむにゃとした気持ちで過ごしていました。
最終的な成果物のクオリティだけではなく、やっぱりリサーチを重ねて得たこと、それをどうやって視覚化していったかという過程、それを見てほしかった。それを見せたかった。単に格好いいもの、イケてるものを作る、じゃなくて、背景・過程を見せる、そのためにデザインでどんな工夫ができるかをずっと考えていたから。
とはいえ、やっぱり不安でしょうがなかった。中間審査はあるけど先生は何も言わないし。
作品の趣旨が伝わっているのかどうかが分からない。内覧会が始まるまでそんな不安でどうにかなりそうだった。私の制作の原動力はそれだった気がする。ダセー! でもダサいのが私なので……。

そんな考えは杞憂だったと言っていいのでしょうか。
実際に展示をしてみると、私の作品で足を止め、カメラを構え、冊子を開き、方言をつぶやく、そんな人がたくさんいた。その光景が、なんかすごかったんですよね。私の作品は窓際に設置してあって、光がするする入るいい場所だったんだけど、それ抜きにして、なんだかその光景は淡い光を持っていた。
知らない人が、私の作品を解ろうとしてくれている、解ってくれている、考えてくれている、こんな嬉しいことってありますか。
もちろん伝えたいことが100%伝わるなんてことなくて、展示の動線に関しては失敗したなと思っているけれど、それでも、
一年かけて作って、一人で気がくるいそうなほど不安になって、頭の整理のために始めた料理がどんどんうまくなってしまった、そんな時間の経過とともにできた作品が、ようやく人に見られている、ということ。
なんだかそれだけで充分だったんですよね。

あなたじゃなきゃできなかった、変態の所業、いろいろな人にいろいろなことを言われた。伝わるように、つたわるようにと作っていたのに「でもこれは結局あなたの主観ですよね」って言われて悔しかった。
ただ、そうやって作品を見た人から何かしら言ってもらえる時間があれだけあったことが嬉しかったです。

しんどかったけど楽しかったな。自分が自分を試していたのかな。
穏やかで、静かで、けれどそっと張り詰めていた一年間でした。
あらためて、作品を見て、言葉を伝えてくれたひとたち、ありがとうございました。

今年読んだ本のこと

本をたくさん読んだ年だった。
そりゃあもう、中学に比べたら全然読んでないけれど。それでも多忙を極めた大学生活の中ではいちばん本をたくさん読んだ年で、だからこそ恵まれた年だったなあと思うことができている。

今年は就職活動であちこち移動することが多かった。私は家で本を読めない人間なので、移動時間と読書時間の長さは比例する。友人に薦めてもらう機会も多かったし(なぜか旧友にはミス研の者が多い)、新刊やお金にも恵まれた。これまでの大学生活とは違う方向だけれど、充実しておりました。

そして今年は面白い本にたくさん出会えた。
引きが強かった、というより、自分の中にある「面白い」と思える引き出しが増えたような感覚。それは今まであまり感じ得なかったもので、嬉しく思う。読書メーターやインスタで感想を残すようになって、漠然とした気持ちを言葉に残せるようになったからかな。

そんなわけなので、今年面白いと思えた本を記録しておこうと思います。
感想は読書メーターに書いているし、それを読んでいた時の状況など、少し個人的なことを残しておこうかな、と。

順番は読んだ順です。

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大通りを渡れない

 私の家の近くには、とても広い二車線の大通りがある。車屋さんとか、ファミレスとか、スーパーとか、そういうものがちまちまと並んでいる、郊外によくある大通り。住宅街と駅の間をずば、と通っているので、大人も子供も、電車に乗るためにはその大通りを越える必要がある。
 しかしながら、大通りというものは横断歩道が全然ないですね。あっても、全然青にならない。すぐ渡れるか、目の前で赤になるかが電車に間に合うかの分かれ目になるくらい(もちろん、個人の時間を管理する能力に依るところも大きい)。そして、大通りの信号特有の「車が全然通っていないのに歩行者信号は赤」という、暗くて深い穴のような無の時間。私はあれが本当に嫌いだ。厳密に言うと、その時間に合わせて動く人の姿を見るのが嫌だ。あの時間の中にいるあいだ、私はいかに自分が「人生下手」なのかをじわじわと噛み締めている。

 信号無視、するの難しくないですか。大通りでも、車が通っていないとひょいひょい横断しちゃう人がわりといるので驚く。というか、ちょっとでも車が通らないとエイッと走って横断しちゃう人が多い。通勤時間帯だと尚更だ。私はそれをいつも、ヒヤヒヤしながらそれを見守っている。うわ、轢かれるよ。やめてよ目の前で。え、**高(進学校)の子も渡っちゃうんだ。内申に響かない? などなど、一人勝手にヒヤヒヤしながら。
 私はそういうことができない。横断歩道じゃないところで横断する、に限った話ではない。なんだかそういうちょっとした悪いことができない。校則を破るとか、授業をサボるとか、未成年飲酒(普通に法律違反だけど)とか。別に嫌味とかではなく、純粋に要領が悪い。初めてした自転車の二人乗りはお巡りさんに怒られて、それ以来していない。今のバイトを始めて、蛍の光が鳴りはじめてからもゆうゆうと買い物を続られる人がいることを知ってびっくりした。

 真面目すぎるよね、と言われる。でも、本当は真面目でいる以外の「良い人」でいる方法をよくわかっていないだけで結果的にそうなってるだけですよ。でも、ちょっと不真面目な人のほうが魅力的に見えることも知っている。「夏色」は二人乗りしてるけどいい曲だし、授業をサボってまで行こうとする場所って全部素敵だ。自分もそれができれば、もっと楽しい人生を送れるのだろうなあ、とぼんやり思う。
 物心着いた時からずっと歩いている大通り。まだ横断歩道以外のところから横断したことはない。なんとなく、なんとなくだけど、周りにつられて横断したら、私だけ車に轢かれる気がする。そして大通り沿いの病院に入院して、関係のない車の運転手さんに迷惑をかけ、それをずっと気に病んで死ぬまで生きるのだろう。
 けれど。もし渡り切ることができたら。私はもっと要領よく人生を生きられるようになるんだろうなあとも思う。今いる場所とは違う世界の人間になれるはず。授業をサボって、カラオケボックスに篭って、「夏色」を歌う人間に。大通りを渡れないようなところが私のダメなところだ。でも、良いところでもあると思う。思いたい。思わない?

課題で書いたもの

「キャリア国語」というイカニモな授業を履修していまして、まあ文字通り就職試験で出るような作文を延々と書く授業なんです。
テーマがテーマなだけに自分の身を削る勢いでゴリゴリ書いてしまいましたので、載せます。

テーマは「わたしの宝物」。400字程度という制約つき。

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言ってみりゃボディー・ブロー

学生作品展が終わりました。お疲れ様でした。
写真はありません。自分の中で未だにしっくりきていないからです。

わたしの中で何も終わってなくて、始まってすらないような気がして、どうしてそうなってしまったのかがわからず、ずっと苦い顔をしている。先生に見抜かれて「何か言いたいのか」と言われたけれど、「悔しいな、と思って」としか言えなかった。

悔しい。
たくさんの人が見に来てくれて、いろんな言葉をかけてくれたのに、こんなレベルのことしかできなかった。
何かを伝える展示になってなかった。
それが申し訳なくて、後ろめたくて、悔しくて。
展示期間中も逃げ出したい気持ちばかりがあった。そんなにじっと見ないで、展示を、わたしの作品を、こうじゃなかったから。

この歳になって、このタイミングでこんな言い訳ばかりを言ってしまう自分に腹がたつし、本当に本当に情けない。
理由がわからないと言いながらも本当の理由を探すことから逃げているだけだし、一歩間違えると自分と他人をdisることしかできなくなるから、それも怖い。

本当につらい一週間だった。やっと終わった。
でも、解放されて嬉しい、じゃなくて、自分で出口を見つけるまで、ずっとこの気持ちを忘れずにいようと思う。なんでつらかったのか、何がいけなかったのか、それをしっかり考えて、対策を講じて、きちんと踏み台にしよう。と思います。

だから悔しいし、つらいし、苦しい気持ちだけど、嫌ではないよ。
気持ちはすごく前向きなので、次のことを考えたいと思います。

フアー。