先生のこと

バイト先に先生が来た。
最初じっと私の顔を見るヤバい客が来たと思って身構えていたら、先生だった。私服なんて全然見たことがないし、髪型変わってたし、分からんわ! と思いつつ、「覚えてないん」の声は昔の先生そのままだったので、私は一瞬で田舎の高校二年生に戻ってしまった。

先生は私の通っていた高校で、社会科を教えていた。現代社会というよく分からない科目と、世界史。日本史も教えていたのかな。私はその高校に「第一志望に落ちたから」という理由で転がり込むように入学し、田舎の不良がはびこる校内で同級生にナメられたくないという不純な動機をもって勉強にすがりついていた。

先生はめちゃくちゃ怖い先生で、本気で怒ると学年中に響くような怒鳴り方をするのだが(小さな学校だったせいもあった)、それ以前にただただ外見が怖かった。第一印象はインテリヤクザだったけど、今もインテリヤクザだと思っている。頭の中でインテリヤクザのイメージを描いてほしい、それが先生です。そして、私の恩師。本当に。インテリヤクザですが……。

私は一日に二本しか走らないバスで一時間半かけて山をこえ、学校に通っていた。「しんどいけど、自分の好きなことが勉強できるんやから頑張れるやろ」と思っていたら、一年の冬で完全にダメになった。泣きながら家を出てバスで爆睡し、寝起きの頭で教室に行くのはいいものの、前述の通りアホ高校だったので授業はろくに進まず、とうとう空気に耐えらなくなって保健室に逃亡した。その時たまたま保健室に来たのが先生だった。

その時まだ先生のことをインテリヤクザだと思っていたのでめちゃくちゃにビビったけれど、先生は「どうしたんや」と言いながら私の向かい側に座った。何を話したかはあまり覚えてない。でも、しんどかったことを全部話した気がする。先生は「悪口はあかんけど愚痴はいくら言ってもええんや」と一時間ぐらいずっと話を聞いてくれて、最後に「ほなね」と言って帰っていった。え、怖くない、と驚きながら帰路についたのを覚えている。

二年生の秋ぐらいから画塾に行きだし、今通っている大学が志望校になり始めた頃、「大学に受かって先生にお礼を言わんと」と思うようになった。
でも、先生は私が三年生になった年に異動になった。新聞で名前を見つけて、心の中で何度も「えええ」と言いながら確認したのを覚えている。三年生から日本史の授業が始まり、先生よりも数倍怖い別の先生が担当になった。私はさらにビビってさらに勉強を頑張った。卒業するまで、社会科が一番成績が良かった。

先生は私のような精神がひょろひょろの生徒のことも気にかけてくれていた。中学時代で「体育会系の教師=チャラい生徒しか構わない」の方程式を一番に学んだ私にとって、それはとても驚きだった。一年の秋の保健室以来、何かと先生には答えのあるなしに関わらずいろいろな問題の相談をしたと思う。学校の中にそういう関係を築ける大人がいるということ、そしてそれが嬉しかったんだろうな、昔の自分……。

先生と話したのは数分だけど、その数分でこんなに色々を思い出してすごい。
のんびりとした関西弁で、字が綺麗で(キレッキレの格好いい字を書く)、メガネが偏光レンズだった。
カウンターの向こうで「変わったな。大人っぽくなった」と言われて「へへ……そんなことないですよォ」と言った私の声が風邪で鼻声だったのが悔やまれる。そして多分、バイトの制服がイケてるだけなんですよね。

今、私が持っている「世の中への関心」の入り口を開けてくれたのは間違いなく先生だし、前向きに飄々と生きる指針になってくれているのも多分先生だ。ありがたい! 結局まだお礼は言えてない。タイミングを見つけて言わないとな。怖い大人にも怯えなくなりましたよ、わたし。だって三年、経ったもんね。

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上司の話

閉店時刻が迫った店の事務所で、わたしはFAXを送りまくっていた。いろんなジャンルのたくさんのFAXはひとつひとつが注文書。今度新聞広告が打たれる本、TVで紹介された本、いろんな本の注文書に番線印をばむばむと押して送っていく。発注数は上司が決める。わたしはハンコとFAX番号を押してデータになった注文書を出版社へと届けるだけ。文字にするとひどくつまらない仕事だけれど、誰とも喋らずにすむのでわたしはわりと好きな仕事だ。

隣では、上司が古い事務イスに座って本を読みながら日報を書いている。姿勢が悪くて足の長い上司のひと。両足をぴたりと閉じて狭いスペースに丁寧におさまろうとするかのように、ちまりと丸まっていた。読んでいたのはなにかの文庫で、早い話がサボっていたんだろうけど、時折険しい顔でパソコンに目をやってみては、今日の売り上げやら何やらをまとめていた。

わたしはその上司のことを、書店員の権化だと思っている。
滑舌が悪くて姿勢が悪い以外の特徴が特にない人だけど、風景に溶け込んでいる感じがかえって書店員らしさを漂わせていて、書店員らしすぎるのでむしろ心地よい違和感があった。わたし(と、その上司)のはたらく本屋が、他の本屋よりも俗っぽいジャンル構成だからかもしれないですが。

だからわたしは部下にもかかわらず、(ああ上司よそのままあなたの道をひた走ってくださいまし)などと偉そうなことを願ってしまう。自分の仕事をやっていて電話を取らずに怒られたりとか、仕事中本を読んでいるのだってバレバレでいろんな人から不満を言われていたりとかするけれど、そのぐうたらさって多分、世の中が憧れる本屋の人の姿だ。

わたしは本屋ではたらいているのですと言うと、よく「暇なとき本よめるんやろ」と言われたりする、けど、現実はまったくそうじゃない。そもそも暇な時間あんまりないし。本屋ではたらいていると、そういう「理想の書店員」に対する憧れがどんどん増す。
わたしが憧れる「理想の書店員」をやっている上司が羨ましい。自分の担当ジャンルの棚をせっせと整えては新刊のレビューをポップに書き、事務所で本を読んだり新しいフェアの準備をしたり、気がついたらそれがきっかけで専門誌に載っていたりする。まるで本に生かされている人だ。

わたしは書店員になりたいわけじゃない、理想の書店員に、その上司に憧れている。羨ましいんだと思う。
そういうことを考えながらも、結局わたしは非正規雇用だし、今日も猫背でパソコンに向かう上司の横でガーガーとFAXを送るしかないのだ。羨望の念を送りながら。

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北大路

北大路に行った。
少し前に寝ぼけて置いてけぼりにしてしまっていた傘が、北大路の落し物センターに行きついていたのだ。
北大路という街は、バスの行き先としては聞いたことがあったけれど行ったことのない街だった。ビブレがある。バイト先の支店がある。バスターミナルがあって、地下鉄の駅もある。ちょっとだけ都会なのかな、という感じ。土地勘がないから、とりあえず北大路行きのバスに乗ろうと205番に乗ったけど、雨のせいでバスはのろのろ運転で、四条ですでにバスで行ったことを後悔した。
バスは四条河原町であらかた人が降り、市役所前を出たくらいから道が空いてきた。河原町今出川を出て、糺ノ森へ。下鴨神社を抜けると、少しずつ都市から街になっていく。そこから北大路バスターミナルまでは、あっという間に感じられた。

バスターミナル。聞きなれない言葉で、それこそバスターミナルといえば北大路、といった印象しかなかった。きっとロータリーなのかな、なんて思いながら、ビブレの前で右折待ちをするバスでぼんやりしていたけれど、そんなことは全くなかった。

バスは右に曲がった瞬間に、建物にぐんぐん突っ込んで行って、地下に潜り始めた。オレンジ色のランプに照らされた暗い道を、何台ものバスとすれ違いながら下っていく。
まるでバスの工場みたいだった。いつもは街中を頑張って走っているバスが、無機質な地下の、ふるさとに帰っていくみたい。停留所に着くまでは一瞬だったけれど、白い蛍光灯の下でバスを待つ人々を見ると、人が乗るというよりも、バスが働くための場というような気がした。

赤のりば、青のりばという、ローカルなカテゴライズもとても格好良かった。何が基準なのかわからない(多分方角や通り)し、なんで赤と青なのかも分からないけど、それに合わせて人が黙って、でもきちんと並んでいて、私だけがこの街のしくみを分かっていないような感覚にびりびりした。

バイト先の支店が見たくてビブレにも行った。
自分がよく知っている制服を着た全く知らない人たちが同じ接客用語を駆使して知らない場所で働いている様子を見る瞬間は、いつもくらっとする。
店内はずっと君の名は。のサントラが流れていて、テレビではポケモンのアニメ映像が流れていた。店舗の前のベンチでは高校生がスマホ遊戯王をしていて、流行のかたまりみたいな場所だった。疲れる。

今日はずっと雨がさあさあ降っていて、北大路にも、北大路の人々にも、私にも静かな時間が流れているようだった。悩んでいたことのだいたいに「もういいや」って匙を投げきれたからそう見えたのかもしれない。

傘は何事もなかったかのように私のもとに帰ってきた。帰りは遅延をおそれて地下鉄で京都まで戻った。
オレンジ色のランプに照らされたバス、蛍光灯の下の無骨な地下鉄構内が頭の中でぐるぐるまわっている。

また北大路に行きたい。バスターミナルに。しずかなビブレに。でも、もう一度行っても今みたいな気持ちにはならないと思う。だから、これを書きました。少しずつ、気持ちに整理をつけられたらな。今日も生活しました。おやすみなさい。

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