上司の話

閉店時刻が迫った店の事務所で、わたしはFAXを送りまくっていた。いろんなジャンルのたくさんのFAXはひとつひとつが注文書。今度新聞広告が打たれる本、TVで紹介された本、いろんな本の注文書に番線印をばむばむと押して送っていく。発注数は上司が決める。わたしはハンコとFAX番号を押してデータになった注文書を出版社へと届けるだけ。文字にするとひどくつまらない仕事だけれど、誰とも喋らずにすむのでわたしはわりと好きな仕事だ。

隣では、上司が古い事務イスに座って本を読みながら日報を書いている。姿勢が悪くて足の長い上司のひと。両足をぴたりと閉じて狭いスペースに丁寧におさまろうとするかのように、ちまりと丸まっていた。読んでいたのはなにかの文庫で、早い話がサボっていたんだろうけど、時折険しい顔でパソコンに目をやってみては、今日の売り上げやら何やらをまとめていた。

わたしはその上司のことを、書店員の権化だと思っている。
滑舌が悪くて姿勢が悪い以外の特徴が特にない人だけど、風景に溶け込んでいる感じがかえって書店員らしさを漂わせていて、書店員らしすぎるのでむしろ心地よい違和感があった。わたし(と、その上司)のはたらく本屋が、他の本屋よりも俗っぽいジャンル構成だからかもしれないですが。

だからわたしは部下にもかかわらず、(ああ上司よそのままあなたの道をひた走ってくださいまし)などと偉そうなことを願ってしまう。自分の仕事をやっていて電話を取らずに怒られたりとか、仕事中本を読んでいるのだってバレバレでいろんな人から不満を言われていたりとかするけれど、そのぐうたらさって多分、世の中が憧れる本屋の人の姿だ。

わたしは本屋ではたらいているのですと言うと、よく「暇なとき本よめるんやろ」と言われたりする、けど、現実はまったくそうじゃない。そもそも暇な時間あんまりないし。本屋ではたらいていると、そういう「理想の書店員」に対する憧れがどんどん増す。
わたしが憧れる「理想の書店員」をやっている上司が羨ましい。自分の担当ジャンルの棚をせっせと整えては新刊のレビューをポップに書き、事務所で本を読んだり新しいフェアの準備をしたり、気がついたらそれがきっかけで専門誌に載っていたりする。まるで本に生かされている人だ。

わたしは書店員になりたいわけじゃない、理想の書店員に、その上司に憧れている。羨ましいんだと思う。
そういうことを考えながらも、結局わたしは非正規雇用だし、今日も猫背でパソコンに向かう上司の横でガーガーとFAXを送るしかないのだ。羨望の念を送りながら。

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